僕の初めての愛車
日野ルノー(ルノー4CV)
あけましておめでとうございます。
みなさんは、どんなお正月を過ごされたでしょうか?
僕は、元旦は親戚が集まり、2日は箱根駅伝を見て……、
ちなみに、我が母校「青山学院」の箱根駅伝出場は33年ぶりのことです。
そして、3日は友人たちがきて……。
まあ、そんな正月を過ごしました。
で、「クルマ DE トリップ」2009年のスタートですが、
僕の愛車第一号の話から始めます。
僕が生まれて初めて手に入れた愛車は「日野ルノー(ルノー4CV)」。
確か1956年型で、日野自動車がノックダウン生産したものでした。
その中古、それも「タク上がり再生車」が僕の愛車第1号ということです。

丸の内を走る1955年式の4CV。周りに駐まっているクルマはほとんどアメリカ車です。
ちなみに「タク上がり」とは、タクシー上がりという意味で、
タクシーで“お役ごめん”になったクルマのくたびれた部品を交換して、
内外装をある程度きれいに仕上げたのが
「タク上がり再生車」ということです。
今だったら、タク上がりなど完全にスクラップにしかなりませんが、
当時(19才の時ですから1959年ということになります)は、
そんなクルマを再生したものでも、立派な正札がついていました。
僕のルノーは、うろ覚えですが、37万円くらいだったと思います。
でも、ノックダウンものとはいえ、ルノーは「外車」です。
当時の日本車と較べると、まずスタイルが断然小粋でしたし、
パワーはないけど、乗り心地もよかったし、身のこなしも軽快でした。
「好きなボディカラーに塗ってやる」
という業者の言葉が決め手になって、僕はそのルノーを買ったのですが、
ボディカラーは茶系の濃淡のツートーンにしました。
そして、ホワイトリボン・タイヤまで手に入れて……、
そんな努力の結果、タク上がり再生車は見事にお洒落なクルマに仕上がったのです。
実際、僕のルノー 4CVはとても目立ちました。
僕はフランス映画の主人公にでもなったような気持ちで、
ルノーを乗り回しました。
残念ながら、「僕のルノー」の写真は1枚も残っていませんが、
当時の写真やカタログで、僕の愛車第一号の姿をご紹介させていただきます。

今見ても、「なかなか粋だな!」と思います。

モデルさんで撮った写真なのでしょうが、ずいぶん「ハンドル抱え込み」スタイルの運転姿勢ですね!

横から見たフォルムもなかなかです。

日本橋です。首都高のない日本橋の光景は今とはまったく趣が異なります。
路面電車も走っていますし、人が引く荷車も見えます。

タクシーです。乗り込もうとしている女性、そうとうお洒落です。
僕の愛車はこうしてタクシーで使われた後に「再生」されたクルマだということです。

インパネはこんな感じでした。

インテリアはこんな感じです。

「ご家庭に、ビジネスに、タクシーに」、「ルノーの色彩はパリの流行色から……」、
「お安くて、良い車」……コピーが楽しいですね。

4CVはリアエンジン車です。だからステアリングは軽いし、とても軽快に走りました。

カタログというか、パンフレットというか……の表紙ですが、
フランスからの「輸入物!?」はさすが雰囲気が違います。
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2009年……いろいろと厳しい年になりそうですが、
できるだけ明るく前向きに過ごしてゆきたいと思っています。
今年もよろしくお願いいたします。
では、また明日。
KISHIDA CHANNELでご覧いただけます。
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1940年東京生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。文化的側面からクルマを斬る自動車評論家。輸入車がレアだった45年以上前に、「旅行に行くから」と言って借りた、父のノーマルのベンツでラリーに出場し、優勝したという、やんちゃな過去も。



