岡崎宏司の考察と結論
ジャガーブランドとは? その1
ドライなイメージのある「軽快」
という表現の方が適切
私はジャガーファンだ。十代の頃からジャガーファンだった。むろん、スポーツカーのXKも好きだったが、もっとも惹かれていたのは、1959年にデビューしたマークⅡサルーン。とびきりエレガントなスポーツサルーンである。ちなみに1959年といえば、ガールフレンドのたっての願いで、オートバイから4輪へ乗り換えた(私的には)記念すべき年なのだが、大人の世界への憧れを膨らませ始めていた頃でもある。
そんな私にとってマークⅡサルーンは、上品で美しく、さらにはセクシーでもある年上の女性のような存在だったのかもしれない。初老の紳士が、イブニングドレスの美女をエスコートして華やかな夜会の会場にマークⅡで乗り付ける……そんなシーンを当時の外国雑誌で見て、「オレもいつかは……」と夢想したことを思い出すが、ジャガーへの憧れを現実のものにしたのは、それから30数年も経ってからだった。
それ以前にも買おうと思えば買えた。が、ジャガーの品位とオーラに気後れして、「オレに似合うはずはない」といった思いを、どうしても振り払えなかったのだ。
しかし、そうこうするうちに、「最後のクラシック・ジャガー」であり、「手工芸品的薫りを伝える最後のジャガー」であるXJタイプの生産中止が伝えられた。私が50歳になったときのことである。
「ここで乗らないとクラシック・ジャガーに乗れなくなる」……私は焦り、そして決断した。依然、似合うとは思えなかったが、「50歳になったんだから大丈夫!」と自分で自分に言い聞かせて注文書にサインした。
私はデイムラー版のダブルシックスを買ったのだが、中身はジャガーそのものだ。
美しい姿、心地よいキャビン空間、しなやかな足捌き、耳元で囁くようなV12気筒エンジン……数年待った分、その味わいは格別だった。1台目は在庫車だったが、すぐフルオーダーで2台目を注文した。2台目は日本向けの最後の生産分の1台になった。
ジャガーは美しくなければならない。ジャガーは上品でいながら強靭なフットワークを持たなければならない。ジャガーは有機的な鼓動感を伝えるエンジンを積まなければならない……私のジャガーへの想いは多岐にわたるが、恐らく、こうした想いは、ジャガーファンを自認する人たちの多くと重なり合っているに違いない。しかし、断っておくが、私は旧いジャガーだけの賛美者ではない。
上に触れた「ジャガーに求める条件」は基本的に同じではあっても、同時に時の流れ即して進化することをもまた強く求めている。
ジャガーが時代の波に翻弄され、紆余曲折の道を歩んでいるのは知っての通りだが、現在のジャガーも悪いクルマではない。
にもかかわらず、売れ行きはよくない。
「なぜなのか?」
……私の考える理由は以下のようなものだ。
まず挙げたいのはデザインである。
Xタイプも、Sタイプも、XJも、ひと目見てジャガーとわかる。ジャガー以外の何者にも見えない。ここまではいい。だが、同時に、時流に乗り、時流の先頭を走る斬新さやクールさをも併せ持たなければならないという点では、明らかに遅れをとっている。
とくに90年代に入った頃から、プレミアムセグメントでもそんな流れは急加速し始めた。メルセデスも、BMWも、アウディも、さらにはロールスロイスやベントレーまで、それぞれの築き上げてきた伝統をコアバリューにしながらも、大胆にチャレンジングにデザイン改革を行ってきた。
そんなライバルたちに対して、ジャガーはデザイン面で、伝統に頼りすぎ、伝統に固執しすぎた感が強い。
「旧き佳き時代への憧れ」は、多くの人たちが心のどこかに秘めているものだ。が、しかし、ひとつ間違えると「懐古趣味」へと繋がりかねない危険性がある。
中心モデルであるXJは、航空宇宙工学技術を持ち込んだアルミのモノコックボディを採用し、軽量化という重要な課題で大きな進化を果たしている。圧倒的な軽量さを含めたシャシー性能は非常に高く、乗り心地もハンドリングも一級品である。
しかし、ルックスは斬新さに欠け、ディテールの表現にもエレガンスを欠く。
アルミモノコックボディの採用によって、微妙なデザイン表現に制約があっただろうことは十分考えられるが、中身の実力を外見から十分にアピールできないのは勿体ない。
北米を中心にしたラグジュアリーサルーン市場で重要な「ロングボディ」の投入が遅れたのも痛かった。もし、私がXJを買うとしたら、使い勝手より、ルックス、雰囲気、存在感を優先してロングボディを選ぶ。
とくにラグジュアリーセグメントの選択基準は、そうした単純な部分がもっとも重要なポイントになる。つまり、「見た目の魅力、見た目のインパクト」である。
同様な意味で、フラッグシップのXJ、あるいはXKに、プレミアム度のシンボルになる12気筒エンジンがないのもマイナスだ。

ところで、ジャガーは、この3月のジュネーブショーに、「C-XF(現=XF)」と名づけた4ドア・スポーツサルーンのデザインスタディモデルを展示する予定だが、事前に配布された写真で見る限り、エクステリア、インテリアともに、大胆で、モダンで、魅力的である。
そこには私が待ち望んでいた「新しいジャガー像」が凝縮されているように思えた。このC-XFは、次期Sタイプのデザインスタディでもあり、今後のジャガーデザインの方向性を示すものでもあるとされるが、08年にデビューする次期SタイプがこのC-XFに近い姿で生産化されたら、ジャガーが現在の困難な状況を抜け出す可能性は高い。「時代は変っているのにジャガーは変っていない」といった市場の評価に、次期Sタイプが終止符を打つのはほぼ間違いないだろうし、ぜひそうなってほしいものだと思う。
「ジャガー・ブランド」にはまだまだ強いパワーがある。そのブランドパワーに製品の魅力が追いつきさえすれば、再び強い輝きを放つのは容易なはずだ。
(『@ZINO』2007年掲載記事)



1940年東京生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。文化的側面からクルマを斬る自動車評論家。輸入車がレアだった45年以上前に、「旅行に行くから」と言って借りた、父のノーマルのベンツでラリーに出場し、優勝したという、やんちゃな過去も。



