2008.09.16 09:30
成熟した社会に認められた
アウディという個性 その1
15年前にミラノで出会った粋なアウディ乗り
もう15年ほど前の話になる。 家内とミラノでクリスマス休暇を過ごしたときのことだ。ホテルはプリンチペ・ディ・サボイア。傍の市立公園を抜け、街の中心部まで歩いてゆく距離と雰囲気が心地好い。街では、ウィンドショッピングをしながら、行き交う人々のあれこれを楽しみながらブラブラ歩く。
いい感じのカフェがあったらひと息入れて、食欲がそそられる佇まいのレストランがあったらランチだ。そうこうしている内になんとなく1日は終る。40代になった頃からの、私たちの旅のスタイルである。こうした旅は、街を、人を、ゆっくりたっぷり味わえるので楽しい。
15年前のミラノでもそんな時間の中で心に残る出来事に出会った。
モンテナポレオーネ通りでちょっと買い物をした後、マンゾーニ通りを歩いていたときのことだ。とある交差点で信号待ちをしていると、目の前を濃紺のアウディ200クアトロがゆっくり右折していった。
乗っていたのは40代台の半ばを過ぎた辺りのカップル。男は短めにカットしたグレイの髪、女はこれまた短めの、よく手入れされた艶やかな栗色の髪の持ち主で、文字通り、「いい男といい女」だった。
ミラノでこうした素敵なカップルに出会うのは珍しくはないが、私が特別強く反応したのには理由があった。それは濃紺のアウディ200クアトロである。当時の私の愛車もアウディ200クアトロだったからだ。
その頃のアウディには今ほどのブランド力はなく、特に高価な200クアトロに出会うのは、ヨーロッパでも珍しいことだった。
しかも、濃紺のボディカラーも、黒の革の内装も、アルミホイールのデザインも、なんとみな同じだったのだ。
「ミラノのいい男といい女が、私と同じアウディに乗っている!」。 無性に嬉しくなってしまった。
この話にはまだ続きがある。
その後、ビットリオ・エマヌエーレ2世・ガレリアにある、お気に入りのカフェに立ち寄ったのだが、私たちに少し遅れて、あの200クアトロのふたりが入ってきたのだ。
男性は濃いグレイの、女性は鮮やかなブルーのコートをハンガーに掛け、私たちの斜め前の席に座った。 私と女性は向かい合う形になり、魅力的な女性であることを意識した。
二人が夫婦であることは左手のリングですぐにわかった。
純白のシャツカラーのブラウスの胸元には、3カラットほどのダイアモンドのペンダントが見えた。ペアシェイプのダイヤモンドには一切装飾はなく、プラチナのチェーンに直に付いているかのように見えた。
女性が動く度にペンダントがキラキラ輝いた。心揺れる眺めだった。
(『zino』2007年11月号掲載記事)

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1940年東京生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。文化的側面からクルマを斬る自動車評論家。輸入車がレアだった45年以上前に、「旅行に行くから」と言って借りた、父のノーマルのベンツでラリーに出場し、優勝したという、やんちゃな過去も。



